野球を始めたいと思ったきっかけと、周りの子が少し羨ましかった日々
私が野球を始めようと思ったのは、小学2年生の頃です。
時は1998年、高校野球界では松坂大輔投手(当時3年生)率いる横浜高校の甲子園春・夏連覇に野球界がわいていました。
一方で、プロ野球界では権藤監督率いる横浜ベイスターズ(現横浜DeNAベイスターズ)が、マシンガン打線という史上最強と呼ばれた攻撃力を武器に日本一を達成。
このように、1998年という年は野球界において〝横浜〟という地が最も熱い1年となりました!
これらを見て当時の私は横浜に憧れて、『横浜高校に入りたい!』そんな夢を抱きました。(桃鉄でもいつも横浜の球団買ってたなぁ〜笑)
そして、翌1999年(小学3年生時)に野球人生をスタートすることになります!(←選手個人としては巨人の高橋由伸選手が大好きでした♪)
しかし、『野球をやりたい!』という願望はあっても、本当に野球を始めるかどうかずっと悩んでいました。
なぜなら両親が離婚していて『経済的に野球なんか始めても大丈夫だろうか・・・?』と、子供ながらにお金の心配をしていたからです!
今でも当時のことはよく覚えていて、『お母さん、野球やりたいんだけど・・・』この一言がなかかな言えずにいました。
勇気を振り絞ってお袋に伝えた時は『やりたいならやりな!』と、思いのほかすんなりOKしてくれたのですが、実際には家計のことなど色々と不安にさせてしまったと思います。
当時の私は学校で一番足が速かったので、自分が持っている能力の中で『運動神経』には最も自信を持っていました!
毎日新聞のスポーツコーナーを読んでいると、松井選手やイチロー選手などのスター選手が『◯◯選手 契約更新!◯億円!!』と、見たことも聞いたこともない金額が紙面を賑わせていたので『オレも将来絶対にプロ野球選手になって、たくさん稼いで親を楽にさせてあげよう!』そう本気で思っていました。
地元の少年団に入り、初めて野球の練習に向かう車の中・・・
ドキドキとワクワクとが入り混じる、あの独特の胸の高鳴り・・・
今でも鮮明に記憶を呼び起こすことができます。
本当に楽しく野球ができるような環境が整っていたので、毎週土日が来るのが楽しみで仕方ありませんでした!
当時はまだ土曜日も午前中に授業があった時代ですので、授業で使う教科書とお弁当、野球のユニフォームや道具を持って学校に通ったのが懐かしいです。
私と一緒に少年団に入った仲間は私も含め5人でした。
そのうち2人はお父さんが野球経験者です。
親が経験者だと平日でも練習ができますし、本当にその2人はメキメキと野球が上手になっていくのが目に見えてわかりました!
私は母子家庭でしたので、家でできる練習と言ったら、壁あてか素振りか坂ダッシュくらいしかできませんでした。
ですので、お父さんとキャッチボールしたり、バッティング練習をしているという話を友達から聞くたびに『◯◯の家は羨ましいなぁ〜』と思っていた気がします。
でも、この時の経験が今の自分を作っていることは間違いありません。
壁あてや素振りも、ただそれらをやるだけでなく、打球を想像して転がって来るボールを捕球したり、相手投手が投げた球をイメージして素振りをしたり・・・
いつも一人でしたので、何事も『工夫する』というクセがつきました。
一つ上の先輩たちの試合に出るために『どうしたら◯◯との差を埋められるのか?』 そればっかりを考えていましたので、若干9歳ながらに最大限頑張っていたんだと思います。
初めて試合に出たのは、近所の小学校との練習試合。
セカンドのポジションで途中交代させてもらい、守備位置もパワプロの知識で(←笑)大体の場所につき、ドキドキしながら守ったのを覚えています!
野球というのは不思議なスポーツで、交代したポジションによく打球が飛んだりするもの。
その時も、最初に私のところに打球が飛んできました!
壁あてを思い出し、落ち着いて捕球し一塁へ送球・・・結果はアウト!(あの時は最高に嬉しかったなぁ〜♪)
初めての大会では、一つ上の4年生に混じってレギュラーを取ることができ、試合でもヒットを打つことができました。
人生初安打はセンター前ヒット!
今でも、打ったコースや飛んだ打球などハッキリと覚えています♪
『野球始めて良かったぁ〜♪もっと上手くなりたい!』そう思えた瞬間でした。
単純にあの頃は野球が楽しかったなぁ〜♪
もし子供がスポーツを始めいと言ったら、気が済むまで毎日つきっきりで練習してあげたいです!